【第二回(後編)】

第二回目の今回は、株式会社日建設計顧問の林 和久先生をお迎えして、
図書館内のカフェスペースで西日本初のスモーブロー専門店「スモーブローキッチン」で、
中之島図書館の設計と建設の指揮を執った野口孫市の話から当時のエピソード、
関係者たちの様々な思いなど、大変に興味深くドラマティックなお話をおうかがいしました。
今回はその後編を掲載いたします。

聞き手は株式会社アスウェル専務取締役黒川哲子

歴史的価値の継承

林先生
中之島図書館階段

幾何学的な数的世界を設計に用いることで「知恵の殿堂」の実現を目指した野口は、更に大胆な手法を用いることになります。
中之島図書館内を訪れると、巨大で存在感のあるバロック階段に目を奪われる事でしょう。静的なパッラーディオ様式ホール空間に、極めて動的で空間効果のあるバロック階段をはめ込む。この様な大胆な設計は、当時の欧米のパッラーディオ様式では有りえない発想なのですが、野口はこれを取り入れます。その結果、ここを訪れる人々は、外部の大階段から列柱・ペディメントのある玄関の大ポルティコ、そして内部の動的に上昇するバロック階段に導かれ、さらには「理想の原形」を象徴するような「球体の空間」に抱かれることになります。
野口は西洋の「正統的な」古典様式を出発点としながらも、その西洋古典様式的手法を縦横に使いながら、よりダイナミックで象徴的な建築を生み出したのです。

黒川哲子

野口は西洋の正統的な古典様式を学びながらも、とても自由で大胆な独自の様式を作り上げていたのですね。
館内を観察すると「和」への意識も感じることができます。

林先生

先にお話した様に、パッラーディオ様式とバロック階段の合体、西洋のクラシックとピクチャレスクの間、「和」と「洋」の間を自由に往き来するような、「自由様式」とも呼べる独自の様式を作り出しました。
師である辰野金吾は、自由自在に設計している愛弟子の手法に対し「野口式」と名付けています。
ちなみに、ピクチャレスクの典型として住友家須磨別邸がありますが、
野口はこの時、中之島図書館と住友家須磨別邸の二つを同時に設計し、同時に工事しているのです。

黒川哲子

あらためて凄い人と感心するばかりです。
残念ながら野口は、若くしてお亡くなりになったのですが、辞世の句を詠んでいると聞いています。
と言う事は、そんな激務の中でも、歌を詠む心も持ち合わせられていたのですね。

林先生

とても印象的で素晴らしい句をいくつも詠んでいます。また、絵の腕前も素晴らしい。野口はとにかくイマジネーションが豊富だったのです。

黒川哲子

さて、今私達がいる「スモーブローキッチン」は、建物の両翼部分に当たりますが、この両翼部分は後に増築されたものですね。

林先生

1922年に増築工事が行われ、両翼となる部分がこの時に完成します。この時既に野口孫市は他界しており、日高胖(ひだか ゆたか)が担当しました。日高も野口同様、構造技術へ造詣も深く、また2度に渡る欧米視察を通じて、豊かな国際性を持った建築家でした。

黒川哲子

今こうして見ても、とても後から増築されたとは思えない程、見事な調和です。

林先生
外観画像

出来てしまえば「こうするのは当たり前」と思われる方もいるでしょうが、我々建築家にしてみれば先ず「どうすれば良いか」と、大変に悩むところです。元々見事な全体バランスを持った建築物だったわけですから。
そして現在の中之島図書館の「緑と水」に映える「堂々とした」景観を見れば「よくぞここまで自然な増築をした」と日高胖の才能の凄さに感心するばかりです。

黒川哲子

1998年に棟札が発見されていますが、ここには住友吉左衞門、辰野金吾、野口孫市、日高胖の名の他に、久保田小三郎、木内真太郎らの名前が記載されています。

林先生

棟札は現在正面玄関のところに設置してありますが、この棟札には施主住友吉左衞門、工事顧問辰野金吾、技師長野口孫市、技師日高胖の他に、工事の方のトップ的な立場として現場主任久保田小三郎の名、一番最後に現場係木内真太郎らの名前が記載されています。
この木内真太郎は後にステンドグラス作家になっていく人です。

黒川哲子

木内真太郎のステンドグラスの業績は田尻歴史館でも見ることができます。
田尻歴史館は、欄間と言う欄間すべてにステンドグラスが入っています。これは大変な量のステンドグラスですから、木内真太郎の仲間も加わってこれらを制作したと聞いています。田尻歴史館を「ステンドグラスの館」と呼ぶ人もおられますね。

林先生

辰野金吾は棟札に記載されている久保田を始め、工手学校などで手塩にかけた若く才能あふれる技術者達を、様々なプロジェクト毎に配置しながら育てていきます。そして、弟子たちからは「辰野の親父」と大変に慕われていました。
私は、今の日本のゼネコン施工技術レベルは、世界でも群を抜いていると考えていますが、この礎を築いたのは当時の辰野金吾と、施工会社に送り込んだその愛弟子たちの情熱的な働きがあったから、と言えます。辰野金吾は優れた建築家でありながら、日本の建築界を作り上げた大プロデューサーだったのです。

黒川哲子

日本が誇る偉大な建築家や工夫たちによって築かれた中之島図書館を、これから先の世代へ残していくために、補修やメンテナンスが必要になってきますが、現在の技術者にとってこのミッションは大変魅力的でありながら、簡単な事ではない、非常にハードルの高いミッションでもあります。

林先生

これは大変な事です。天井の作り一つとっても、現在の工法では難しい、もの凄く大変な仕事がなされています。この補修をどうやるのか。
この方法を知っている人は、日本国中でもそうはおられないはずです。では、誰が知っており誰ができるのか。そう言った調査から始めないといけないのです。

黒川哲子

指定管理者として中之島図書館に携わる株式会社アスウェルは、歴史的価値や技術を研鑽し、輝く未来を創造していく、そういう思いを大切にしています。今日、林先生にお話頂いたことは、私たちにとっても大いに勉強になります。

林先生

これはは私の持論なのですが、西洋社会は内在的な圧力で、ある意味一直線に発展してきました。日本は外部的な発展圧力と、日本社会が本来もっていた内在的な発展圧力と、二系統の発展動力を持っている。これは、日本社会が必然的に持ってきたハイブリッド性だと言えます。
我々の持っているこのハイブリッド性と言うのは、実はとても重要で魅力的な力なのです。
中之島図書館をはじめとする野口の建築は、その日本が持つハイブリッド性を顕著に現している。
そして、我々日建設計はこのハイブリッド性そのものを引き継いでいるのです。

黒川哲子

今日はご多忙のところ、本当にありがとうございました。

本日のゲスト

林 和久
日建設計 顧問
写真:右より林先生、黒川