【第三回】

第三回目の今回は、大阪ミナミで「なにわ名物いちびり庵」を運営し、
天正年間より続く老舗企業「株式会社せのや」取締役会長の野杁 育郎氏にお越しいただき、
「大阪の魅力を発信する」をキーワードに広く活動する、その行動力の原点について楽しく語っていただきました。

聞き手は株式会社アスウェル専務取締役 黒川 哲子
文化担当 鈴木 希実枝

いちびり庵のこと

黒川哲子

今日は創業は天正年間、400年以上に渡りなにわの地で商いを営まれ続けてこられた株式会社せのや取締役会長の野杁さんにお越しいただきました。先ずは話題性あふれるいちびり庵の店の事や、商品の開発などについてお聞かせ下さい。

野杁会長

5・6人の仲間が集まって地域おこしの活動をやっていて、イベントを開いたりセミナーを開いたり所謂「まちの活性化」を目指していたのですが、
次第に「これだけじゃあかんな」「目に見えるような活動にせなあかんよな」となっていきました。そこから「大阪の魅力を発信できるようなお土産をつくろう」と思い立ち平成8年7月に「なにわ名物開発研究会」を立ち上げました。
元々「まちづくり」をやっていたと言う事と、「業態専門店」をやっていたことがうまく結びついて今のいちびり庵運営に結びついてきているんです。

黒川哲子

いちびり庵に行くと、それはもう楽しい商品がいっぱいです。
私もよく「たこ焼きキャンディー」を買って帰って、会社で配ったりしているのですが、その商品開発の発想などについてとても興味があります。

野杁会長

メーカーさんにも沢山ご協力いただいて商品づくりをしてきたのですが、メーカーさんって直接お客さんと繋がっていないケースが多くあって、自分のことろが作っている「モノ」が、一体どういった形でお客様の手に渡っているのか知らない方が沢山いてはるんですね。
私のまわりには、有名なブランドの下請けなどを長く請け負っている、どこどこの製品の一部はうちで作っている、など高いスキルを持ったメーカーさんたちが沢山いてはります。
そこで、そのスキルを活かして「お客様が喜んでいる姿がメーカーさんもはっきりと見えるような商品づくりをしましょうよ」と提案していくわけです。メーカーさんも喜んでくれはりましてね、「それじゃ凄い物を作りましょう」となったわけです。
そこから生れた商品の一つが「たこ焼きキャンディー」だったりするんです。

鈴木

またいちびり庵へ行けば、大阪にかかわるお土産のほとんどがそろっていますよね。以前はあのお土産ならあちらのお店、このお土産は向こうのお店、と言う感じでしたが。

黒川哲子

そして、お店の人が凄く親切なんですね。
道を尋ねる人に対しても、とても丁寧に案内をしてくれはります。

野杁会長

会社の経営理念に「行動信条」と言うのがあり、「道案内、店案内のプロをめざすこと」と書いてあります。
単にグッズやお菓子を作って販売するだけじゃなく「大阪の魅力を発信する」事が「なにわ名物」の「文化」に繋がる大切なところです。

黒川専務

元々大阪人と言うのは親切なんですね。
旅で訪れた人にとっては「道をとても親切に案内してくれた」と言う事も素敵な思い出になりますよね。

野杁会長

ところで「大阪の枕詞」ってご存知ですか?
実は平成8年7月に研究会を立ち上げた際に設立総会を開催しまして、そのときにゲストに来ていただいたとある先生に「皆さん、大阪の枕詞ご存知ですか?」と問いかけられました。その会場には5~60人ほどの人がいましたが、誰もわからなかったんですね。

黒川専務

大阪の枕詞?

野杁会長

次に「では奈良は知っていますか」と尋ねられましたが、それにはみんな「あをによし」と答えられるわけです。ゲストの方は「みなさん大阪の枕詞は知らないのですね」と言われまして。
私も大概の事知っていると思っていたのですが、枕詞は知らなくて。それで、もっともっと大阪の文化を知らなくてはいけないな、となったわけです。

黒川専務

大阪は謂わば「なんでもあり」で、様々な文化を受け入れ、様々な考えを受け入れてきました。また、様々な国籍の人たちが行きかう街で、観光地の様にイメージを一つに括りにくいところがありますね。でも、それが大阪の文化の良さでもあります。
以前、私の家でアメリカの子、カナダの子、ドイツの子たちを受け入れていたのですが、その子たちが一番最初に覚えた言葉が「かまへん、かまへん」でした。大阪の人は「かまへん、かまへん」と言って受け入れてくれることが、とてもうれしかったようです。東京には無い文化の一つですね。

なにわルネッサンス「おとなの文化村」のこと

黒川哲子

ラジオ番組なにわルネッサンス「おとなの文化村」はどのようなきっかけで始められたのですか?

野杁会長

プロディーサーの吉川氏が僕と高校の同級生だったのですが、当時僕は将来アナウンサーになりたいと考えていた。ところが、なれませんでした。そこで彼は、野杁がアナウンサーだったらこんな番組を作りたいんじゃないか、との思いがあった様です。これが一つ。
もう一つ、ラジオを通じて色々な人と出会って「ラジオを通じてまちづくり」をしよう、と言う思いがありまして。この二つが合わさってあの番組になりました。
まぁ、どちらかと言いますと「FM大阪らしくない番組」として有名になっちゃったわけですが、ここまで続くとは思いませんでした。
音楽はほとんど流れず、喋りばっかりです。

黒川哲子

それがまた面白い。

野杁会長

毎回色々なゲストを呼べると言う事が、私にとっても番組にも一つの強みになりますよね。
会いたいけどなかなか会えないような人でも、ラジオに出て頂くことで知り合うことができる。これは、とても素晴らしい事ですよね。

なにわ名物開発研究会 なにわ大賞のこと

黒川哲子

なにわ大賞の運営は「なにわ名物開発研究会」設立当時の仲間たちで始めはったのですか?

野杁会長

はい、平成8年7月に「なにわ名物開発研究会」を立ち上げ、その翌年が第一回となります。

黒川哲子

そしたらこれで20年を迎えるのですね。

野杁会長

どこの方、アメリカ人でもヨーロッパの方でも良いんですよ。大阪の事に関ることをやっていただいる方ならだれでもウエルカムなんです。
だから、昨年はデンマーク生まれのカナダ人ビヨン・ハイバーグさんが「準大賞」を受賞されています。

黒川哲子

新世界でカナダ人が堺の包丁を売っていると、海外でも話題になっているようですね。
日本の包丁は「すっと」切れるでしょ。海外のものはどちらかと言うと「ぶった切る」。これで味が変わるんですね。これを海外から来たお客さんに食べ比べてもらっている。私たちは勝手にこう言った繊細な感覚は日本人にしかわからない、と思い込みがちですが外国の方にも十分に伝わるのですね。「繊維が傷んでいないとこんなに美味しんだ」と、みなさん驚かれていきはります。

野杁会長

彼は20代前半で大阪に来て、堺の伝統「包丁」にこだわって研究している。素晴らしいですよね。

鈴木

普段の生活の中で埋もれがちな感覚や価値が、このような賞をきっかけにスポットが当たり良さが再認識されていく。素晴らしい事だと思います。

黒川哲子
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中之島図書館で開催された「大阪四花街展」なども、こういった流れをくむものです。上方の芸能が、ほんのわずかな期間で忘れ去られようとしたところ、これを機に色々な人が関わって下さり掘り起こして下さる。そう言った事が中之島図書館で行われた事が、私はすごくうれしく思っています。
伝統文化を受け継ぐ人たちが未だ現役で活躍されているうちに、その魅力発信をサポートしていくとは、すごく大切な事だと思います。

鈴木

一旦、灯が消えてしまった後にもう一度復活させる、となるとそこには「推測」が混じり、もしかしたら「源流」から少しずつずれてしまっていくのかもしれません。

野杁会長

それは「老舗」にとっても同じ事ですね。

鈴木

来年の事ですが、中之島図書館で道頓堀に関する企画を予定しています。
昔の道頓堀が持っていた魅力、例えば多くの芝居小屋があり、そこを中心に食いだおれの文化が発展していった。またそこには、日本そして大阪特有の文化が色濃く反映していて、人情が溢れる街を形成していた。そんな懐かしくも、素晴らしい時代の風景を皆さんに思い起こして頂きたいと。そして、その事が次の時代への大切な文化の継承になっていけば、と考えています。

野杁会長

そうですか、ええことやないですか。
一人でも多くの人たちが協力しあって、大阪の魅力をあらためて見つめなおし発信していく。
お互いに頑張っていきましょ。

本日のゲスト

野杁 育郎
株式会社せのや代表取締役社長
なにわ名物開発研究会会長
写真:右より野杁氏、黒川